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MYWAY

            樋澤 晃

 最初に私が甲南大学での柔道の修業、社会的な修業をさせて頂いた甲南大学柔道部に心から感謝申し上げます。そして恩師である山崎先生対し心から敬意を表すると共に感謝致しております。平成元年四月の大数大戦に始まり、四年十一月の全日本学生まで数多くの試合に出場させて頂いたわけですが、今思い出せば全ての試合一つ一つが昨日の事の様に思います。そして又様々な人間と出会い、私は柔道を通じて色々な人生体験をさせて頂きました。「笑い・苦しみ・悲しみ・喜び」とありました。どれを取りあげてみましても多くの感動で一杯であります。

 「笑い」それは、学生コンパでの先輩・同輩・後輩方との酒席、交遊等素晴らしく又、楽しかった日々でした。私は本当に幸せ者であります。今の私が社会的にも成長させて頂けたのも、井筒先輩・松田先輩・光本先輩・武井先輩をはじめ諸先輩方の御支援・御指導があってこそと確信しつつ、感謝致しております。

 「苦しみ・悲しみ(くやしさ)」では、やはり私自身の病い・傷・入院であります。病いについては言葉では言い表す事の出来ない程、私自身幸い生活を送りました。大学一年の夏二ヶ月間の入院をしました。そして先生、先輩方、仲間の温かい支えにより私は病気に勝つことが出来、普通の生活が送れる様になっておりました。しかし私は夏に弱く特に夏合宿は人より疲れが早く、スタミナも無くとても皆と同じ様に夏を乗り越えられる体調ではありませんでした。そこで気力と気合で精一杯私なりに力を出させて頂きました。これは当時の部員の皆様のおかげで私はカムバックさせて頂きました。そして一年間山崎先生のお宅において私の病気は食事制限が大切という事で夕食を頂いた事、本当に感謝しております。そして生涯忘れてはいけない御恩であると私は確信致しております。

 「喜び」これは何と言っても平成四年度全日本学生柔道優勝大会での一回戦東北福祉大学からの勝利であります。それから永井・中山・柴山・重光・藤原達との出会いです。本当に彼らの存在は大きく又、彼らに対し深く敬意を表すると共に心から感謝致しております。そして平成三年度のフランス遠征で私を支えてバックアップをして頂いた同期の皆はもちろんの事、植木先輩をはじめとする諸先輩方、曽我部・水野・奈良・槙・塩崎・柳井・樽谷・行天・堀・宮崎・稗方の後輩方に対し私は心から御礼申し上げたいと思います。私は主将として時には鬼にも悪魔にもなり、たまにエンジェルになった時もありましたが一年間の主将生活に何も文句も言わず一生懸命付いてきてくれた後輩達に私は感謝の一言で一杯であります。先程も申しました全日本学生一回戦突破も現在の二・三・四回生の協力があってこそと確信致しております。今私自身まぶたを閉じてみますと、皆で酒を飲み、気分転換と言いつつカラオケに通った日々が大変懐かしく思えてきます。ある時は午前三時、四時を過ぎても帰宅せず歌い・飲み続け、最後には皆私の下宿で雑魚寝をして頂き午前八時の朝トレーニングは必ず参加し、タイヤをかつぎダッシュをしたり、裏山を必死で走った日々が青春時代の貴重な一ページとして幕を降ろす事となってしまいました。そこで四年間のエピソードを書かせて頂きますと、私は大変焼鳥が大好きで摂津本山の「鳥じろう」という店には皆で数多く通ったものです。そして何と言っても私が大学一年生の頃から大変お世話になった店「ローレンス」という店には、いつも深夜まで居た事、又春・夏休中の練習から何十時間も飲んでいた頃を思い出してみますと私自身、反省する所が多々あったと思いますが、若気の至りという事で御了承願いたいと思います。等々たくさんの思い出はいつまでも私の胸の中で残しておきたいと思っています。

 四年間を終えてみて私が実感致しております事は、私は甲南大学に来て本当に良かった。そして何よりも山崎俊輔氏との出会い、諸先輩方との出会い、そして同期の永井・中山・柴山・重光・藤原彼らの存在は私の財産であり、又苦労を共にした仲間として生涯の友として大切にしていきたい。四年間の修業は確かに辛く、苦しいものでした。(精神的にも)しかし私が自分で選んだ道、柔の道なのですから当然であります。でも終えてみて本当に極めたい道を自分らしく過ごさせて頂いたという現実に対し私は一人の人物に感謝しています。それは女手一つで私に人生という大きな山に向かって修業をさせてくれた母親に心から感謝すると共に御礼を申し上げたいと思います。有難うございました。

 最後に偉大な先輩でありました、井筒先輩の死去に対して先輩に心から御礼を申し上げますと共に四年間のお世話になった年月に対して私は感謝しその気持ちを生涯忘れる事はありません。私は井筒先輩の様な偉大な人物にはなれませんが、それに一歩でも近づける様に甲南大学を敬愛し、柔道を愛し、仲間を愛し続けていきたい。

 そして、又私もこの先様々な困難が立ち向かい大きなハードルが目の前に現れようと、私は絶対負けない。そして、甲南大学柔道部で生きてきた四年間を誇りにし、樋澤という男なりに精一杯生き、学びそして頑張っていこうと思います。

 そこで、私の四年間の柔道部現役生活に感謝の気持ちを込めて勝手ではございますが、私の人生訓を書かせて頂き、筆を置かせて頂きます。

 

 

同期の柔友

         昭和三七年卒 永井 郁

 島村マネージャーの呼びかけで、卒業以来三十年ぶりに十一月十三日梅田で集まった。往年の面影はかすかにとどめてはいるが、卒業時には想像もつかなかった貫禄充分の面々である。

 相良!ほんまに久しぶりやす。おお!めーさん!久しぶり。おばちゃんも!馬さんも変わってへんな!隆太 白なったナ、髪の毛も!など取り留めもない話が弾んでいる。

この中に井筒君がいないのはさびしく残念の思いが今も残る。

料理や酒が勧むにつれ、いつしか入学当時の夏合宿(金沢)の話になった。元立ちで先輩に稽古をつけられ苦しかったこと、練習をさぼって主将の谷川先輩にウサギ跳びでしぼられたこと。白帯で入部したとんまと島村はしんどい合宿によく耐えたこと等。学年は定かではないが、松本での合宿で女風呂を覗いて後藤先生にお叱りを受けたこと。思い出話はとめどなく話はつきず、二次会も盛りあがった。

 ゲストに山崎先生をお招きして、現役学生諸君の活躍の状況を詳しくご報告していただいた。ここ数年、全日本学生選手権での後輩の奮闘の様子を伺い、甲南大学柔道部の確かな伝統が育まれていることをOB達は嬉しく誇りに思った。

 三十年ぶりに会って感じたことは、柔道を通じて喜びも苦しみも共にしたこと、仲良くわけ隔てがなった良き友と良き師(後藤先生と植村先生)に恵まれたことであった。

 同期の十三人を紹介して筆を置く。

井筒圭二郎君(主将、九月に逝去 残念だ!)

伊原(佐藤)利明君(サトーはん 池田市で自営)

小幡照夫君(おばちゃん、丸紅パック勤務)

相良嘉彦君(新神戸電機勤務、彦根市在住)

島村隆夫君(隆太、貝塚市で自営、左内股)

谷藤忠重君(ダンボ、道場の看板と額を寄贈)

当麻博史君(トンマ、摂津市で自営、右大外刈)

名村村重君(昨年全日本の後の宴会の店主)

野尻湊君(日本板硝子勤務、横浜市在住)

目崎元司君(めーさん、キャタピラ三菱勤務)

吉田敬君(在米国)

永井郁(馬さん、東レエンジニアリング勤務)

                  以上

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