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柔友会だより

 

甲南学園柔友会 光本 秀行 昭和53年度卒

諸先生、先輩各位には、平素より柔友会活動に対しまして格別のご理解、ご協力を賜りまして衷心より感謝申し上げます。

さて、柔友会は平成l4年度に役員を改選し、仙波隆一郎氏が会長に選出され、新体制のもとで活動を開始致しました。つきましては、「竹鯖蛉」本号より、柔友会の活動状況をご報告することになりましたので宜しくお願い致します。

それでは、平戒15年度の活動状況をご報告いたします。

まず、7月に大阪梅田で開催された総会には約4O名の諸先輩が出席され、非常に盛り上がり、年齢の差を越えた全員一体の楽い会となりました。是非、今後も先輩、後輩、同級生お誘いの上、ご出席ください。多数の皆様のご出席お持ちしております。

次に、5月に大学柔道部師範の徳島文勝先生が講道館柔道八段、監督の山崎俊輪先生が講道館柔道七段にそれぞれご昇格になりました。柔友会としまして、このご慶事に対し「お祝いする会」を開催致しました。会は127日、神戸市内で来賓、柔友会員併せて約80名の方々の参加で挙行されました。塚本久道柔友会副幹事長の司会で進行され、発起人代表仙波隆一郎柔友会会長の閉会の挨拶に続き、藤田家將兵庫県柔道連盟会長、高木正皓明石高等学校長(前兵庫県武道館長)より祝辞を頂戴し、その後、徳島、山崎両先生のお言葉、柔道部先輩の辻治雄甲南大学名誉教授(前柔道部長)の「乾杯」のご発声で開宴となりました。宴もたけなわのころ出席の諸先輩より、両先生に対しお祝いの言葉と思い出話が披露され、会は一段と盛り上がりました。和気あいあいのうちに予定時間となり、出席者一同両先生のご健勝と今後のご活躍を心より祈念申し上げ、無事お開きとなりました。出席の先輩方には心より御礼申し上げます。尚、両先生には引き続きのご指導を宜しくお願いします。

今後もこのような行事を含め活発な柔友会活動を展開すべく鋭意努力をする所存です。多数の先輩方のご協力お願いいたしまして、柔友会よりの報告とさせていただきます。

 

 

卒業して5年目に思う

米島 貴秋

 早いもので、大学を卒業して5年目を迎えようとしています。幸い私の職場が大学から近いこともあり、時間をみつけては道場に顔を出して現役生にまぎれて汗を流していますが、生活の中心が徐々に柔道から仕事に移り、柔道も選手としてより愛好家として楽しむようになってきました。

 現在、私は神戸市立長田工業高校・別科という学校で常勤講師として勤務しています。勤務して今年で3年目になりますが、この「別科」というシステムは全国でも特殊で、高校課程を1年間だけ履修して資格をとり、高校卒業ではなく1年生修了という形で社会人として巣立たせていくという職業訓練所的な性格を持った学校です。日本が高度経済成長のさなか、さまざまな事情で高校に行かずに就職する中学生に何か技術を身につけさせ社会に送り出そうという趣旨のもとに創設されたのですが、平成16年の市立工業高校の統合により廃校が決定しています。

 私は赴任した当初はこの別科でも柔道部をつくり生徒を鍛えてやろうと意気込んでいましたが、3年間挫折の連続でした。別科に入学してくる生徒は本当に”個性豊か”で、中学時代まともに学校に通っていた生徒などは数少なく、素晴らしくヤンチャか、素晴らしく静かな生徒ばかりでした。それでも最初6人の生徒が柔道をはじめてくれましたが、昼過ぎに平気で登校してくるものや、しんどいから帰ると言って2時間目には帰ってしまうもの、注意されると教師にくってかかり、消火器を振り回す。学習面では掛算の九九ができない生徒等など・・・。とても放課後に残って部活に取り組むような状況ではなく、別科にくる前年に母校の御影工業高校と県立西宮高校で柔道部のコーチをしていた私にとって、あまりの環境、常識の違いに気が狂いそうになったのを覚えています。

 結局3年間で部としての活動はほとんどできなかったのですが、1人だけ1年間私と共に柔道を続けてくれた生徒がいました。他の生徒が無断で帰っていく中、毎日1人残って練習前に道場の掃除をし、毎朝どの先生よりも早く学校にきて近くの公園でランニングをしていました。そんな彼に私自身が引っ張られ、練習相手を求めて甲南大学や育英高校、御影工業高校や六甲アイランド高校、野村先輩の駒ヶ林中学などに出稽古に連れて行きました。今思えば迷惑だっただろうなぁと思いますが、どの学校も快く受け入れていただき今でも感謝しています。そんな彼は別科を修了したあと、柔道を続けるために全日制の神港学園高校を受験し直し、現在は柔道部で頑張っています。中学時代はまともに学校に行かず、別科に入った時すでに1浪しているので合わせて2年間のハンデ。この前、焼肉を食べながら「僕、高校卒業したら20歳になるんですよ」と笑っていましたが、その笑顔はとても明るいものでした。

 修了式(卒業式にあたる)のとき校長先生が彼の書いた作文を読み上げ紹介してくれました。私はそのときBGM係として舞台の裏で待機していたのですが、1年間を思い出し、この学校で柔道を教えてよかったと一人感慨にふけっていました。別科という公式試合にも出場できない学校で柔道の指導しているからなのか、最近、私自身の柔道に対する考え方がかなり変わってきました。ボクシングのボクササイズのように試合などの競技性を抜きにいかに柔道を楽しむか、楽しませるか。週1日、月に1回だけでも継続することで柔道が上達するという事実。もちろんこのような考えは上位を目指す団体には甘すぎるでしょうが、いかに自発性や意欲を引き出していくかということは指導するうえで今でも私があたっている大きな壁だと思います。

 平成16年4月から私はフランスのトゥレーヌ甲南学園で勤務することになりました。社会科教員としての採用ですのでどこまで柔道に関われるかはわかりませんが、指導者として柔道を楽しませるという部分に焦点をあてて、欧州のクラブチームの実状やコーチング、柔道スタイルを積極的に学び、将来は教員として神戸市や甲南柔道部などに少しでもお役に立てればと思っています。

 私は今でもこのように柔道に関わりながら生活できていることを本当にうれしく思います。卒業して柔道を指導しながらもいまだに柔友会チームとして先輩や後輩たちと一緒に試合に出場することができたり、現役の学生を連れてお酒を飲みにいけたりと、本当に充実した生活を送っています。今の私があるのは山崎先生をはじめ諸先生方や先輩、後輩の支えがあればこそであると思います。これからも柔道、甲南での出会いを大切に気を抜くことなく、いつまでも柔道家として日々精進していきたいです。

 

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