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大経三十六年度卒 

昭和三十六年度卒業  岡澤 直正

 私は、小学校五・六年頃に野球をしていて肘を痛め近所の先生に治して頂いて、柔道も教えていただきました。その後、野球で甲子園を目指し県立芦屋高校へ入学しましたが、柔道の良さを忘れることが出来ず、一年の終わりに野球を辞め柔道部に入部しました。当時は芦屋警察の道場をお借りしていました。そして岡元先生に指導して頂き黒帯を取り大学にて入部、故後藤、植村先生と出会い四年間楽しく柔道をさせて頂きました。人生も柔道と一緒で一段一段と階段を登る事で成就されると思われます。今後とも柔道を通して多くの人と友達になり、又後輩の指導に頑張っていきたいと思います。

甲南学園柔友会も十四年度より役員の方が変わりましたが、諸兄の意見を取り入れて立派な会にして載きたいと思います。甲南の柔道部は、故後藤先生、山崎先生を始めOBの方々の指導により、全国大会や海外にも頻繁に出場するようになり、甲南の伝統を築いて戴き大変嬉しく思います。

 平成十五年(二〇〇三年)の秋には、大阪にて、世界柔道選手権が開催されます。私も何か役に付くと思われますが、このような機会は、そう多くなく部員諸君も時間を作って見に行ってほしいと願います。きっと勉強になると思われます。

 豊中市では、千里体育館、ひびき武道館、柴原体育館と、道場があり千里体育館指導員二十名と生徒の写真です。現在も盛況で約一〇〇名が練習しています。

 本年、豊中柔道協会結成五十周年を迎え盛会に終事することが出来ました。

 そして、大阪府総合体育大会(四十三市)、二年連続優勝の成績を納めています。記念の体重別大会を十一月十七日に開催しました。

 私の現役時代は、創刊号にも書かせて戴きましたが、一年生よりレギュラーにて出場させて戴き、一年次は関西大会ベスト8、二年次は近畿大会準優勝、三年次は神戸市五大学念願の優勝と、神戸の町を練り歩きました。

 その間、金沢の合宿には夜門限遅れで大変叱られた事、信州の合宿では早朝ランニングの前に生タマゴ五ケもらい飲みおいしかったことです。高知合宿にて打ち上げ後皆で遊びに行き高橋君と二人はぐれ後で大阪に帰ってきた事等エピソードは数えきれないほど多いです。卒後は、故後藤先生に結婚式に出席して戴き挨拶で、岡澤君は大学時代優秀な生徒であったとのお言葉に大笑いしました。

講道館六段

大阪府柔道連盟参与

大阪府柔道連盟審議員

豊能地区柔道連盟会長(豊中、箕面、池田)

豊中市柔道協会会長 岡澤接骨院、鍼灸院

 

昭和四十六年度卒業 

仙波 隆一郎

 平成十五年一月五日に甲南大学の柔道場にて沢山のOB、ご父兄他の高校生、中学生等が集まり盛会のうちに鏡開きが行われました。我々の現役の昭和四二〜四六年頃にはこういう催しがなく寂しい思いです。当日多数参加頂いたOBの方々と、餅つき、やきそば、チャリティーバザール等楽しい一時を過ごさせて頂きました。又、当日御手伝い頂いた山崎先生の奥様や御父兄の方々に厚く御礼申し上げます。

 伝統ある甲南大学の柔道部の益々の発展の為にも今後とも続けていきたいものです。準備して頂く現役の学生達の御苦労は大学生ものぞと思います。以前は学生の上下関係が厳しく今では考えられない様な物ですが、又、それはそれなりの良い所も有った様に思います。現役はどこの大学生でも変わってきて、家族的な和気あいあいとした感じになってきている様に思います。しかし、何か困った事があれば先輩達と相談して自分の事を考える又、自分を見つめるのには柔道部という所は大変良い所と思います。もちろん、強くなるという事は必要な事ですが、もっともっと大切な物を個人個人で学んで頂きたいと思います。

 我々が一年の時には後藤素直先生から岡元正夫先生代わられ両先生とも御元気でした。柔道部顧問の川村喜久治先生も御元気で、コンパなどでは歌舞伎の声色なども楽しく思い出します。その後、御仕事関係で岡元先生から徳島先生へと移り、今では山崎先生という立派な指導者が来られ、後藤先生亡き後、多くの山崎先生の教えを受けた卒業生が巣立ち、色々な方面で活躍しておられます。中でも教職に携われる方々が多く、報徳高校の光本先生、愛知大成高校の武井先生、全日本選手権の篠原を中学で柔道界へ入界させられ指導された野中先生、上出先生、榮先生等など甲南に強い選手を送り込んでくれるのに、この上ない環境です。又、警察関係も多く入っておられます。あまり御世話のなる事はないと思いますが、又、甲南柔友会としてOB諸君が全日本実業団の試合に、チームを作り、出場しているのも、他の大学では数少ない事で、胸を張って自慢出来る事の一つです。

 柔道というのは、あくまで道であり永遠ぞよと思います。相撲取りは、引退という事で後は親方です。しかし、柔道は卒業後体力は落ち、練習する事は大変きつい事ではありますが、相手を考え自分に合った練習をすることは出来ます。現在でも甲南のOBが沢山色々な所で練習しております。何も元気な人とするのだけではなく、柔道というものにかかわりが有るだけでうれしく楽しく思います。年齢、体力に今はせて練習すればその後のすがすがしさはこたえられません。いつまでも出来る限り続けていきたいものです。又、OB会では年に一度総会が有りますので是非参加して頂き、色々な人と出会い又、それを生かして頂きこの複雑な世の中を打ち破って生き抜いてゆきましょう。協力できることは何でもやるつもりです。後になりましたが、甲南柔道部、柔友会の益々の発展を祈ります。

 

 

教える立場になって

平成十二年度卒業 小丸 剛

 私は大学を卒業して三年になりますが、今も柔道に関わることができていることを大変うれしく思います。

 卒業後二年間、私は神戸市立玉津中学校に非常勤講師として勤務しました。ここでの二年間は毎日が忙しいながらも充実したもので、もちろん部活動では柔道部を指導することになりました。

 さらに、平成七年卒の藤島(旧姓・碑方)先輩とともに指導にあたるということで、生徒たちは甲南柔道に染まったのではないでしょうか。

 初めて柔道を教える立場に立ち、初めは不安でしたが、@「楽しむ柔道」A「勝つ柔道」B「柔道をしていてよかった」と思えるように教えるという三つを念願に指導にあたりました。

 迎えた最初の神戸市総体。男子団体戦において、ベスト8に入り県大会出場を目標に臨みましたが初戦で2−3で敗れ、県大会に進むことができませんでした。「次こそは必ず・・・」という思いを胸に、より一層熱を入れ生徒たちとともに汗を流しました。

 しかしながら、教えるということはやはり難しく、私が今までやってきたことをそのまま伝えるのではもちろんだめで、それをいかにわかりやすく伝えるか。どのようにして生徒たちのやる気を起こさせるかいろいろ考えました。

 そんな中、あることを考えました。

 大学を卒業して一年ほどの私は、まだ現役バリバリの選手です。しかし、今は指導者という立場である以上、教えることに徹しなければ生徒たち一人一人の様子が見えてこないのです。相手はまだ中学生。いろいろやってくれます。良いことも、悪いことも。しかし、教えるときは、自分は選手であるということを忘れて子どもに接することで、全体の様子が見え始め、それが柔道を教える時に重要となる信頼関係につながるのではないかと思いました。

 怒るときは怒る、誉めるときは誉める。簡単なようで難しく、感情的になりやすく、ついガツンと怒ってしまいそうな時があり、何度も我慢の山を越えました。誰でも怒るのは簡単だと思います。しかし、誉めるというのが以外に難しく、小さなことをいかにオーバーに誉めるか、私がもっとも苦手とするところでした。特に中学生などは、(天狗にならない程度に)誉めてやればどんどん伸びていくと思います。

 このあたりの、「誉める」と「怒る」のバランスを上手く調整することが難しいのです。

 このようなことを考えながら、練習では、この「誉める」と「怒る」のバランスを考えつつ、そしてできるだけ全員の生徒に声をかけることを心がけました。

 そして平成十三年度の神戸市総体、男子団体戦。準々決勝で優勝候補の学校を代表戦の末に破り、勢いづいてそのまま優勝(この年の新人戦でも優勝)してしまいました。また、女子団体戦では、昭和五五年卒の野中先輩の指導する原田中学校が優勝と、甲南柔道を見せつけた試合となりました。

 私自身、このような結果になるとは思ってもいませんでした。毎日、数人が欠席し部員全員が揃っての練習が厳しく、また限られた時間の中で十分な練習ができてなかったことを思えば、指導する立場になりわずか一年と少し、本当に生徒たちがよくがんばってくれました。そして私と生徒との間に信頼関係が築かれつつある証拠ではないかとも思いました。

 また、この影には学生時代、山崎先生のご指導の下、同じ目標に向かって努力したこと、夏の合宿、同志社大学に勝ち、初めて関西でベスト8に入賞したこと。住吉川での焼き肉、幹部交代キャンプなど、柔道はもちろん、それ以外のことも、今ではよき思い出であり、甲南柔道というよき教科書があったからこそこのような結果になったのだと思います。

 しかし、結果はあくまで結果であり、それにいつまでも満足することなく、また落胆することなく、一年を終えるごとに結果をリセット、気持ちもリセットし、もっと上の目標に向かって一歩ずつ前進していきたいと思います。

 そして今、卒業して三年目。今年度より母校・報徳学園で非常勤講師として教壇に立ち、もちろん柔道の指導にも携わっています。高校柔道ということでこれまでと舞台は変わりますが、玉津中学校での経験をもとに、また新たな指導方法を試行錯誤しながら毎日を送っています。

 母校の力にどれだけなれるかわかりませんが、@「楽しむ柔道」A「勝つ柔道」B「柔道をしていてよかった」と思えるように教えることに変わりはありません。また、それを信じてやることが、良い結果へとつながるのではないでしょうか。

 これからもたくさんの生徒に甲南柔道を広めるために、生徒たちと汗を流したいと思います。

 

 

モンゴル暮らし

平成十三年度卒業  堀田 篤

 みなさん、ご無沙汰しております!青年海外協力隊隊員としてモンゴルに派遣されている堀田篤です。去年7月20日にモンゴルに来て以来、半年になりました。最近、ようやく生活にも慣れ、言葉のほうも徐々に進歩?している毎日です。

 さて、何を書いたらいいのか・・・・・。まずはモンゴルについて書きましょう。モンゴルと言えば、草原、馬、モンゴル相撲・・・・・。みなさんが想像するのはこれぐらいだと思います。私もモンゴルについてのイメージはこれくらいしかありませんでした。私がまず、驚いたのは首都ウランバートルは思っていたより都会だった。物は豊富で、車の数も多く、人も多い・・・。それもそのはずモンゴルの国土は日本の4倍あるのに、モンゴルの人口の約3分の1はウランバートルに住んでいるのです。(ちなみにモンゴルの人口は240万人)それなのにウランバートルの中心から車で20〜30分も走ればそこにはもう草原が広がっています。

 次はモンゴルの冬ですね。私がモンゴルに来たのは夏。あの暑さからこんな寒さになるなんて・・・。しかも冬が長い!夏には30度近くあったのがいつの間にかマイナスの世界に。9月ごろには初雪が降ってたかな〜・・・・・。一番寒くなるのは12月から1月。この時期にはマイナス30度になる日も何度か。こうなると寒いというより痛い。まつ毛は凍るし、顔は痛いし・・・・・。そんな冬もなかなか体験できるものでもないのでみなさんも一度体験しにきてはいかがですか?

 次にモンゴルの食事について。モンゴルのごはんは基本的にみんな油っこい!しかも、肉ばっかりです。それもホニ(羊)。しかし、食べてみると意外と食べることができました。でも、 調子に乗って食べてたら、来た当初73キロあった体重が一ヶ月たったころには66キロまで減ってしまいました・・・・・。どうやら、体のほうは慣れてなかったみたいです。今では70キロ前後まで戻ってきました。帰国するころにはどうなっていることでしょう・・・・・。

 さて、そろそろモンゴルの柔道について書きましょう。私がモンゴル人と柔道をして一番感じたことは力がめちゃめちゃ強いということです。子供、女性といえども侮れません。これには驚きました。柔道のスタイルはどちらかと言うとヨーロッパの柔道に近い感じがします。肩車、掬い投げ、足を取ったり。それに加えて、モンゴル相撲が入って私自身かなりやりにくいです。

 そんなモンゴル柔道の中で私は今、ナショナルチームのコーチとクラブチームの先生をしています。ナショナルのほうはみなさんの中にもご存知の方も多いと思いますが本当に強いです。アジア大会でもいくつかメダルを取ってきました。コーチとしてこちらに来たのですが、私自身毎日稽古をつけてもらっている感じです。日本の柔道を教えようとモンゴルに来たのですが、逆に教えられることもたくさんあります。そんな私ですが選手のみんなは「バクシュ(先生)」と呼んでくれています。そんなナショナルの選手たちに私のできることをしようと毎日いろいろと考えながら練習をしています。

 クラブのほうは柔道連盟のほうから言ってくれとのことで行くことになりました。私はこれまで人に柔道を本格的に教えたことがなく、それも出来たばかりのクラブでほんとに始めからと言うことで出来るか不安でした。しかし、ナショナルの選手とは違い、一から日本の柔道を教えることができるのではないかと思い通うことに。しかし、行ってみたら生徒が何人かいて柔道らしきものをしていました。そのクラブの話ではこれから柔道を始める子供たちに教えてくれと言うことだったのにそんな子供は一人もおらず、後で聞けばこれから入れると言うことでした・・・・・。まぁ、話が違うと思いつつ今いる子たちに柔道を教えることに。前にも書きましたが、これまで柔道を教えたことがない!どうしたらいいのか・・・・・、とりあえず私がこれまで教えて頂いたことしか教えることができないのでみんな受身から!毎日毎日受身ばっかりやっているとさすがに飽きてしまいますのでいろいろと考えながらやっていました。モンゴル相撲のお国ですから練習は乱取りが好きみたいで、クラブの生徒も「いつになったらバリルダーン(乱取り)をさせてくれるんだ」と受身や打ち込みばかりやっているときはそればかりでした。ほんとに同じことの繰り返しが苦手で、一つの技を教えてもすぐ次の技を教えてくれと・・・・・。そうじゃないと教えるのも一苦労。なんせ言葉もまだまだですから。

 そんな選手や生徒たちですが、強くなろうとする意識はすごいと思います。練習後も技の練習、筋トレなどこれには感心しました。これに刺激され私自身も時間があれば選手や生徒と一緒に練習後も筋トレや技の指導をしています。こんな選手や生徒たちなので自分に出来ることは何でもしてやろうと日々努力しています。

 こんな感じで半年過ごしてきましたが、この下手な文章を読んでモンゴルについて少しでも興味を持ってくれれば私自身大変うれしいです。私のモンゴルの活動は本当に始まったばかりで、まだまだこれからです。モンゴル語もまだよく話せないですし、モンゴルについても知らないことがたくさんあります。こらからもっとモンゴルを好きになり、モンゴルで少しでも自分が力になれるようにこれからもがんばっていきたいと思います。

 最後によりくわしくモンゴルについて知りたい方は連絡をください。出来る限り答えたいと思います。メールアドレスを書きますのでご連絡お待ちしております。

 それでは失礼します。     atsushi@magicnet.mn

 

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