ホーム > 海外遠征 > 第5回フランス遠征(2001年)  

フランス遠征を終えて

団長 永井

 

遠征を目前に、台風15号の紀伊半島上陸の予報、パリで知ったアメリカ同時大規模テロのTV報道に緊張や心配で遠征は始まった。

お陰様で、道中は怪我も事故にも遭わず、全日程を消化して全員が、無事に帰国でき、当初の危惧が杞憂に終わり、今は安堵感に浸っている。

甲南大学開学50周年を記念する事業のひとつとして、柔道部がフランスのトゥレーヌ甲南を訪問して、柔道を通じて現地の柔道家と親しく交流が出来ることは大変意義がある。トゥレーヌ甲南が1991年に開校した際に、柔道部が神戸市柔道友好使節団としてマルセイユ訪問の後、トゥールを訪れていることや当時の団長(故井筒圭二郎君は昭和38年卒の同期)の思いを鑑みて団長を快諾をした。

昨年のアメリカ遠征に続く今回の遠征は、当初山崎教授はじめ父兄、学生、OBの負担が大きく、その気掛かりは隠せなかった。学生の遠征に対する気持ちが次第に高まっていくのを練習や試合を通じて、手応えを感じ、厳しい経済状況のもと、山崎教授をはじめ学生たちが手分けして、極力冗費をなくして周到な計画を検討する姿を見るにつけ、海外の文化・歴史に触れて、学生たちの成長を願い、この遠征を是非とも成功させたいと思った。又、遠征の準備には木村先生、植村、近森両氏のご尽力に負うところが大きかった。

風光明媚なロワール川畔の古都、トゥレーヌ市に隣接するトゥレーヌ甲南学園の訪問に先立ち、緑豊かな公園、百花繚乱の庭園を巡り、トゥレーヌ甲南学園の藤原校長、森野教頭、田島事務部長はじめ教員の方々と河村常勤理事と団員と共に由緒ある古城の迎賓館に迎えられた。“ロンサール”のホールでサンシール市と姉妹都市協会の歓迎を受けた。レセプションでは、助役の歓迎挨拶に続き、山崎教授が答礼の挨拶を述べ、記念撮影を終えて歓談に入った。当地名産のワインを賞味して、趣のある迎賓館を辞去し、トゥレーヌ甲南学園へ向かった。

本館2階ホールで藤原校長からリセ甲南の概要を伺う。中高生133名の生徒が寄宿舎で起居を共にして人格の陶治、勉学に勤しむ傍ら、週末にはフランス家庭でホームステイを通じて、又課外活動は市民と共にクラブ活動を通じて、交流をするなど国際性の習得に現地校の特色を生かした教育が行われている。教職員が一体となってこれらを支援、努力されておられる様子に頭の下がる思いである。

トゥレーヌ柔道クラブとの親善試合には多くの地元の柔道ファンやホストファミリーのほか、観客に交じって多数の甲南生の姿が目に入った。立ち話ではあったが、その一人と話ができた。リセ甲南に入学した動機や将来の夢や親元を離れて生活すること等を聴き入ているうちに、逞しく、頼もしい甲南生が育っていると思った。

昨年、クロード氏が率いるフランスチームが第2回甲南カップ(甲南大学柔道場で開催)に出場して、惨敗を喫した。その悔しさをバネにクラブの精鋭を選抜して、第3回甲南カップの勝利に燃えている。甲南大学柔道部員は親善試合でも国際試合に臨む気持ちには変わらない。日本人の名誉と誇りにかけて負ける訳にはいかない。プレシャーを受けながらも、気合いの入った顔になっていた。日仏審判員が入場して試合開始。一本勝ちの試合には大きな拍手が沸きあがる。一進一退の白熱した好試合が展開され、結果は99の引き分けに終わった。

 クロード氏が指導している地元柔道クラブチームとリセ甲南との関係は学校の施設を地元に開放して、地元クラブがその運営を行い、町の行政機関と三位一体となった地域活動の例を見た。

 これからの日本にとっては、学校と地域の同好会やクラブチームとの運営の良いお手本になる一例だろう。

 パリ郊外のエッソンヌ(地名)、エリック氏が指導している柔道クラブではホストファミリーが暖かく出迎えてくれた。学校の体育館に柔道場がある。先ず、子供たちと練習を行う。山崎監督が道場を駆け足、飛び石渡り、馬飛び、などゲーム感覚の準備体操を指導。屈託のない子供の声が響き渡る。子供の帯が面白い。橙色と黄色の交じった帯や緑帯、色とりどりの帯は子供の向上心を刺激するのだろう。軽く汗を流しているうちに、クラブの選手が三々五々集まってくる。体操・乱取りの後、親善試合を行なった。幸いにして甲南大学チームは面目を保った。彼らは最後まで諦めない闘争心、力強さ、体格の素晴らしさなど、柔道に対する熱い思いと、柔道を楽しむフランス人の姿に接して、彼らが柔道のよさを映す鏡になっていたように思え、多くのものを学ぶ機会を得た。試合後、田舎風の素朴な温かみのあるレストランを借り切って、交流の会が催された。型通りのセレモニーの後、例のごとく、美味しいワインとパンとチーズや料理が卓上に並んでいる。天理OBの萩原先生が同席され、通訳をしていただいたお陰で、会は盛り上がった。話し尽きることなく、時計は夜中の0時近くになり、お開きとなった。

 フランスでは柔道が人気スポーツだ。パリ郊外のエッソンの柔道場は道路に面し、車窓越しに柔道の練習風景が目に飛び込んで来た。ガラス張りの明るい清潔な一度に4試合が出来る大道場である。甲南大学柔道部員も広い柔道場狭しと多数のフランスの柔道家に交じり汗を流した。中二階の子供用の柔道場(約80畳敷)からは子供の歓声が聞こえてくる。5歳前後の幼児達が柔道着を纏って、女性指導者の掛け声に従い、横受身やでんぐり返りして嬉々としている。そばでは母親とその兄弟姉妹が見守っているほほえましい風景を見た。柔道場の脇には子供用の柔らかい跳び箱や遊戯器具が置かれており、遊びの中に柔道を学ばせる工夫が施されている。柔道普及の努力にその人気の秘訣の一端を拝見した。

 小雨降る中パリ郊外のインセック、フランス国立スポーツ学校を山崎、永木両先生と訪ねた。栗津正蔵先生にお会いするために。先生に柔道場で迎えていただいた。第一印象は温厚な面持ちの「柔道紳士」。古武士の風格を備えた先生から「よく訪ねてくれました。」と労いのお声を掛けてもらい恐縮する。

 先生は単身、昭和25年に神戸から汽船で渡仏され、50余年の長きに亘って柔道の普及・指導にご尽力され、幾多の有名選手や名指導者を育て、尊敬されておられる。1950年、当時のフランス柔道からその普及・発展のお話を数々伺う。終わりに、ここまでやって来られたのも、「負うた子に教えられ」と云われたお言葉が印象深く、謙虚な先生のお人柄が今も脳裏を離れない。先生と共にパリ市内を車で1016日に落成する柔道会館を訪問し、見学した。元柔道チャンピオンの方が出迎えて呉れ、工事中の会館を案内して貰う。当日はシラク大統領が落成式に臨席されるとのこと。柔道がフランス国民に支持され、人気スポーツの所以も頷ける。

 遠征の準備段階から、山崎監督は思い切って学生に仕事を任せ、学生達は数々の仕事を分担をして責任を持って事に当たった。遠征中の学生の態度は「世界の紳士たれ」の平尾イズムを実践に移し、立派な態度であった。学生達は行儀・作法・時間励行、小島主将を中心に良くまとまり、4年生が模範となってくれたこと。これも、平素、一日一日を大切に精進を続けている結果だろう。山崎監督と学生の信頼関係の絆を遠征中、隋所に拝見した。この遠征で学生は様々な見聞を広め、体験をした。これらが彼らの将来に大きな糧となることを確信している。

 新学期のご多忙の折、永木先生、中江先生、米島先生には甲南大学柔道部のためにご参加いただき、そして親身あふれるご指導を賜った。

 パリでは萩原先生、ジュネーブからご同行いただいた平野先生、リセ甲南の先生方、トゥール滞在中は通訳で大活躍のクオレラ美紀さん、我々の遠征にご支援をいただいたフランスの方々、別れを惜しんで、涙を出してくれたホームステイの家族の皆様、試合で戦ったフランスの柔友達、帰国して暫く時間が経過しても、忘れられない人々が脳裏に去来する。

 終わりに、今回の遠征には甲南大学及び関係の方々、神戸市、兵庫県柔道関係の方々、会社関係,OB諸兄、ご父兄の方々、ほかに色々な方々に、多大なご支援・ご尽力を賜ったことをこの紙面をお借りして厚く謝意を表したい。メルシーボク!(Merci beaucoup !

 

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